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天川栄人のブログです。新刊お知らせや雑記など。

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【7/15発売】『あやかし協定 超クールな相棒とミッションに挑め!』

 ドタバタ妖怪アクションコメディ『あやかし協定』(集英社みらい文庫)、おかげさまで2巻が出ます!

 1巻を読んでくださった読者様のおかげです。本当にありがとうございます!

 イラストは引き続き亜樹新先生です。2巻もたくさんの方に読んでいただけますように。


【あらすじ】

元気いっぱいの千里(中1)はひょんなことから、イタズラ妖怪を捕まえる『カラス』の手伝いをすることになる。

相棒は超クールなルームメイト・相馬 唯智(そうま いち)。

クラスメートと一緒に肝試し! 
超レアアイテム探しのミッション! 
学校での盗難さわぎで、千里が大暴走!? 

読みやすい3つの事件を収録した第2弾!

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 1巻発売から半年と、少し遅くなってしまったのですが(お待たせしてしまってすみません)、図らずも7月刊行ということで、夏休みの読書にピッタリなタイミングになったかなと思います。

 今回は読みやすい中編3本。1巻に登場する妖怪たちは王道セレクトだったので、2巻はちょっとニッチな人選(妖選?)にしてみました。全体として、千里のお人よしがトラブルを招きまくっております。とはいえ、1巻同様、ホラーが苦手な子にも安心設計。亜樹新先生のキュートなイラストにもご注目ください。また2巻もLINE VOOMで宣伝企画ありますよ〜。

 シリーズのモットーは「とにかく明るく元気に」! なにかとままならない世の中ですが、せめて読書中は小難しいことを考えず、ゲラゲラクスクス笑ってくださいね。

 7/15発売です! どうぞよろしくお願いします。

 

 特集ページはこちら↓

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 予約・ご購入はこちらから↓

www.shueisha.co.jp

 同じ週に出るYA小説もよければご一緒に↓

bookclub.kodansha.co.jp

【7/11発売】『おにのまつり』

 このたび、講談社様より初のYA単行本『おにのまつり』を刊行することになりました!

 YA小説も岡山小説もかねてからの夢だったので(こちらの記事参照)ものすごく嬉しいです。挿画は中島梨絵先生、帯の推薦コメントはあさのあつこ先生です!


【あらすじ】

 岡山の夏の風物詩、踊りを中心とするお祭り「うらじゃ」。中3のあさひは、先生からコーチ役を頼まれ、同級生4人の”問題児”とともに、「鬼の祭り」といわれるうらじゃに参加することに。踊りの練習を重ね、温羅(うら)伝説について知るうち、5人は少しずつ理解し合い、それぞれの抱えるトラウマを乗り越えていくーー。

 うらじゃの音楽に乗せ、古代吉備の歴史と温羅伝説を紐解きながら、ちょっとずつ近づいたり離れたり、でもやっぱりバラバラだったりする、5人の中学生の夏を描きました。

 うらじゃについて、詳しくはこちら↓

uraja.jp

 全編がっつり晴れの国、忖度なしの岡山弁でお届けします。なんなら岡山の人に読んでもらえればそれでいいくらいの気持ちです。うらじゃの小説やこー岡山人が読まなんだら誰が読むんなら。よろしゅうたのまーよ。(岡山の読者様、どうぞよしなに!)

吉備津神社など、岡山の史跡もたくさん登場します。

 デビューから一貫してファンタジックなエンタメ小説ばかり書いてきた私ですが、今回の作品はファンタジー要素ゼロ、がっちり取材してなるべくリアルに描くことを目指しました。これまでの作品とはかなり読み味が違うのではないかなあと思います。(とはいえ、私は元々は高校文芸出身で、デビュー前はどちらかというとこういうのばかり書いていたのですが。)

 よく言われることですが、エンタメにおいては、あくまで読者様に楽しんでいただくことが最優先。スッキリとした読後感を提供するため、「敵を倒す」とか「謎を解く」とか「気になるあの子と仲良くなる」とか、要するに「問題を解決する」ことが目的になりがちです。

 でも今回は、あえて「問題を解決しない」ことを念頭に置いて書きました。世界って結構矛盾だらけで不条理なのかもしれない、正義が勝つとは限らないのかもしれない、努力ではどうにもならない問題もあるのかもしれない……、そう気づき始めるのがYA世代だと思うからです。

 でも、だからこそ、祭りがある。日常に落ちる影を掃い、また新しい一歩を踏み出すために、祝祭の場がある。そこにあるのは「解決」でなく、たぶん、「解放」なのだと思います。5人の中学生の心の解放の物語を、どうぞ見守ってください。

古代の山城・鬼ノ城(きのじょう)。鬼が住んでいたってほんと??

 とにかく岡山大好きなので、まだまだ書き足りません。美観地区とか瀬戸内海とか蒜山高原とかも書きた~い!!! そのためにも、『おにのまつり』ぜひぜひ応援よろしくお願いします。7/11発売(電子版は7/8配信)です!

 

 詳しくはこちら↓

bookclub.kodansha.co.jp

 そしてなんと同じ週(!)に、『あやかし協定』の2巻も出ます。こちらはエンタメもエンタメ、ドエンタメですが、ぜひご一緒にどうぞ↓

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【私信】高校生文芸道場おかやま2021散文部門アンケートにご質問をくださった方へ

お手紙を書く女性のイラスト【線画+塗り】

長い前置き

 私は数年前から、高校生の文芸部の岡山県大会「高校生文芸道場おかやま」の散文部門の講師をしています。

 しかし、コロナの影響で、私が担当になってからは一度も現地参集でのワークショップや交流が行えず、応募作品の審査結果と講評をお送りするだけという、なんだか味気ない感じになってしまっています。

 せめてもう少し生徒さんの声が聞きたいと思い、2021年度は講評にGoogleFormでアンケートをつけてみました(大会の感想や要望、コロナ禍における部活動の実際などを匿名で回答してもらっています)。

 今のところ回収率が低めで、分析らしい分析ができるほどのデータは集まっておりませんが、忘れたころにぽろりぽろりと回答が届いています。ありがとうございます。

 で、そのアンケートの最後に「質問、意見、感想、困っていること、聞いてほしいこと、なんでもどうぞ」なる自由記述欄を設けました。ところが私アホなので、回答者は匿名だということをすっかり忘れておりました。回答者のアドレスとかも書いてもらっていないので、せっかくご質問いただいても返信のしようがありません!(みなさま、アンケートを取るときは気をつけましょう)

 というわけで苦肉の策で、この場をお借りして回答させてください。ご本人がお嫌だったらすぐに取り下げますので、ご連絡くださいね。どうか本人に届きますように*1

(なお私の高校文芸への想いはこちらの記事でわりとしつこめに語っております)

eight-tenkawa.hatenablog.com

質問と回答

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 ご質問ありがとうございます。

 お気持ちすっごくわかります。自分の世界を表現する手段って、小説だけではなく、詩や短歌や俳句、漫画や演劇、アニメに映画、絵画、工作、音楽、ダンス……山ほどありますものね。でもその中で小説を選んだからには、「文章」にこだわりたい。頭の中で考えていることを文章でうまく表現できるようになりたい。そう思って、頑張って取り組んでらっしゃるのですね。それが伝わるだけでも、もう十分文章は上手だと思いますが……。

 まず、小説は、執筆の速さを競うゲームではありません。遅くても全く問題ないですよ! 苦手でもじっくり取り組む姿勢は素晴らしいです。誰にでもできることではないですよ。あなたの特性を嫌いにならないで、どうぞ大切にしてください。

 その上で何かアドバイスできるとすれば、月並みな表現になりますが、「たくさん読んで、たくさん書く」ことしかないと思います。

 たとえば画家が、画材や色を使い分けるように、小説家はことばや表現を使い分けます。単に語彙という意味ではなく、そう、「文章自体の長さとか、重さとか、色とか、見た目とか」のことです。同じ内容でも、選ぶことばや表現によって、伝わり方は確実に変わります。

 ならば、ことばや表現のストックは、たくさん持っていた方が楽に戦えます。

 もちろん、1本の筆と墨だけでも豊かな表現ができるスーパー画家はたしかにいるのでしょう。でも、絵画初心者は、まずは3本くらいの筆と、12色なり24色なりの絵具セットを買うんじゃないかな。だってその方が簡単だから。そうやって、いろんな画材や色を使って勉強していくうちに、筆の扱い方や色の調合を覚え、少しずつ自分なりの表現を掴んでいくのだと思います。小説も同じことです。

 でも小説の場合難しいのは、ことばってインスタントには手に入らないってところです。ことばのパレットってどこにも売っていないし、辞書をポンと渡されてすぐにインストールできるようなものでもない。

 だから、たくさん読んで、たくさん書くしかありません。他の人がどんなことばを使ってどんな表現をしているかを学び、自分でもいろいろと試行錯誤してみる。今日はこんな文章を書いてみよう、今日はこんな風に……と、繰り返し実験してみると、たくさんのことが身につくと思います。とにかく勉強、勉強であります。

 そしてこの勉強は、書き続ける限り一生続きます。作家になった今も、日々学ぶことばかりです。特に商業になると、ジャンルや読者の年齢に合わせて、文章を柔軟に変えなければなりません。つまり「自分が望んだ文章の形にすること」が、必ずしも正解ってわけでもないんですよ。小説は、読者に伝わらなければ意味がありませんから。「自分が望んだ文章の形では、そもそも伝わらないかもしれない」と常に自問しながら、制限のある中で少しでもいい表現を探してもがく。小説ってそういう芸術なのです。

 で、そういう試行錯誤を「おもろいやんけ~!」って思える人は、ほっといても勝手に作家になりますから、まあほっとくんですけど、それがしんどいなって思うなら、別に小説じゃなくたっていいんですよ。

 最初に言ったとおり、表現手段って小説以外にも無数にあります。「ストーリーや話の構成を考えることは難なくできる」ってサラッと書いてあるけど、それってすごい才能です。たとえば、絵の描ける子と組んで、漫画を描いてみたら? セリフなら書けるってことなら、劇の脚本を書いたり、チャットノベルに挑戦してみるのもいい。ゲームのシナリオとかもいいかも。小説にこだわりたいなら、文章は誰かに任せて、チームで小説を作るって手もありますよ。それって全然ズルじゃないからね。

 私が一番伝えたいのは、楽しくやれる方法を探して、長く続けてくださいってことです。執筆がしんどいなら、無理に好きになる必要はないよ。なにごとも「やりたいからやる」が一番です。

 で、ここまで読んで、「ようわからんかったけど……、まあ、書いてみるか!」って思うなら、たぶんあなたはもう執筆が好きなのだと思います。応援しています。

おわりに

 長くなってしまった。前々から言ってますが私は中高生の創作支援がしたいのです。今のところ熱意だけが空回っておりますが。

 文芸部向けの、「作家になるため」じゃなくて「みんなで楽しく書くため」のあんちょこ(死語)的な本があればいいのになあ。運動部でいう「基礎練」みたいなのを集めたやつ。何なら私書きたいですけど。ご興味ある版元様、お声かけください。

 今年こそワークショップやるぞ! 色々考えてます。コロナに負けず、一緒に頑張りましょう。

 

 7月に岡山を舞台にしたYA小説が出ます↓ 詳しくはおいおい。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784065284735

*1:ご本人から返信がありました! このまま掲載しておいてくださいとのことでしたので、残しておきます。

【短編】こいこく

 おとんはな、ダメな人間やねん。
 まずタバコ吸いすぎ。ヒゲ伸びすぎ、口クサすぎ、声でかすぎ。
 まあこれらはほとんど全てのおっさんに当てはまるから言うても仕方のないことやけど、おとんの場合、酒にめっぽう弱いのが最悪や。大した稼ぎもないくせに、それ全部飲んでパァにしてしまうんやから、ママが出てったのもしゃあない話や。(ママ、ウチも一緒に連れてってくれたらよかったのになあ。でもまあママにもたぶん何か考えがあったんやろ。なにしろママは天使みたいな美女で、天使なんやから正しいことしかせえへんはずや)
 で結局、アパート代も払われへんくなったおとんは、ウチ連れて、ばあちゃんちに出戻ったわけ。男親でも出戻りっていうん? てか出戻りって死語?
 じいちゃんはとうの昔にボケてもうてたけど、ばあちゃんはまだまだシャッキリしてはる。そのうえガメツイことで有名で、先祖伝来の土地転がしの技で、なんだかんだ食べていけるだけの収入はあった。で、おとんはダメな人間やけども、孫の可愛さには勝たれへんわけで、ばあちゃんはプリプリしつつも、おとんとウチの居候を許すことにしたとゆうわけ。せやから、おとんはウチに感謝すべきやで、ほんま。
 でも、ばあちゃんちに身を寄せたからゆうて、何が変わるわけでもなかった。おとんは相変わらず毎晩アホみたいに飲み散らかして帰って来て、真っ赤な顔してあることないこと大声でわめく。ウチやばあちゃんが無視すると、さらに大声で怒鳴る。で、あるときオシッコ行ったと思ったら、そのままスンと寝てまう。
 ほんと、ダメな人間や。十二歳のウチにもわかるんやから。ほんとのことやねん。
 でも、ウチはおとんの味方や。
 おとんのことが好きだから、とゆうわけではない。コウヘイセイのカンテンからや。
 だって、うちには大人が三人いてるやろ。ばあちゃんと、じいちゃんと、おとんと。三人とゆうことは、全員一致でもない限り、意見は必ず二対一になってまう。で、ボケてもうてるじいちゃんは、ばあちゃんの意見に賛成しかせえへんので、つまりいつだって、じいちゃんばあちゃんの連合軍VSおとん、という構図になってまうわけや。それって公平ちゃうやんか。
 なんせウチ、将来はびんわん弁護士になる予定やからな。不公平は許されへんねん。
 せやからウチは基本的に、おとんの味方をすることに決めてる。
 とはいえ、ダメ人間のおとんの味方をするのは、大変や。
 特に今回のことは、いくら仏のウチといえど、ぎりぎりやったな。ほんまに。

 

 きっかけは、じいちゃんが死んだことやった。
 ウチにとって、じいちゃんは黙ってぼーっとしてるだけの空気みたいな存在やったから、死んだ言われても正直ピンとこおへんかった。
 てかじいちゃんってウチにとっては、「じいちゃん」っていうか「おとんのおとん」やねんな。おとんみたいなダメ人間のおとんって、どんなダメ人間なんやろ、とゆう興味はあったけど、結局ようわからんじまいになってもうた。悲しいことやと思う。
 ばあちゃんは最初こそビイビイ泣いてはったけど、やがて飽きたのか、スイッチ切り替わったみたいにテキパキ動き始めた。おとんは、死んでるじいちゃんの枕もとで、じっとしとった。何考えてんのかようわからん顔やった。案外何も考えてなかったんかもしれん。
 で、ウチがそんなおとんを観察してたら、ばあちゃんが来て、言った。
イサオが帰ってくるて」
「チョーナンさまが?」
 ウチは思わず聞き返した。ばあちゃんは黙ってうなずいた。
 おとんは、ゲジゲジ眉をめいっぱい寄せて、非難めいた表情でばあちゃんを見た。
「あいつに言うたんか」
「当たり前やないの。息子やで」
 おとんは、次男坊である。おとんの兄貴のチョーナンさまは、ばあちゃんに言わせると、税理士をやってる偉いお方で、板前をやってたじいちゃんや、工場勤めのおとんなんかとは比べ物にならないくらいの、上等な人間らしい。
 せやけど、チョーナンさまは偉すぎて、下等なうちらのこと、見えてへんみたいや。正月やお盆にも帰って来おへんもん。今はトーキョーに住んどるとは言っても、仕事でしょっちゅうこっち帰ってきてるはずやのに。たまには顔くらい出したってもいいやんけ。ウチ、チョーナンさま、嫌いやな。
 それでも、チョーナンさまは、ばあちゃんの自慢や。ばあちゃんはチョーナンさまをほとんどスーハイしてて、何があろうとチョーナンさまの味方をする。とゆうことはチョーナンさまはばあちゃん連合軍の一員なわけで、当然のことながら、おとんの敵とゆうことになる。つまりウチの敵や。たいへん残念なことやけど。
イサオはじいちゃんと仲悪かったけど、でもやっぱ親子やもんねえ。お別れ言いたいんやねえ。ああ、ばあちゃん泣きそうやわ」
 ばあちゃんは結局泣かんかった。たぶんもう一生分の涙を使い切ったんやと思う。それに、実際のところ、ばあちゃんの言ったことは、見当外れもええとこやった。

 

 お通夜の日の朝。
 黒スーツ姿のチョーナンさまは、ニコニコ顔で出迎えたばあちゃんに、開口一番、こう尋ねた。
「母さん。父さんの部屋はもう片付けましたか」
 チョーナンさまは、家族やのに敬語を使う。関西弁を恥ずかしいと思てるらしい。ていうかまず他に言うことあるやろ。ほんとなんやの、この人。
「じいちゃんの部屋? まだなんも手えつけてへんけど……」
 ほら見てみい。ばあちゃんも若干引いてはるやんけ。
「まあ先にお線香あげてきて。今お茶用意するしな。香苗さんは来てへんの?」
「家内は仕事があるので。失礼します」
 チョーナンさまは、そこでようやく玄関に上がった。そして振り返り、言う。
「博之、あれこれ触らないように」
「うん」
 チョーナンさまには連れがおった。ウチと同い年の博之や。
 いとこの博之は、ひょろひょろ眼鏡のもやしっ子で、「それは大変だね」とか「なるほど、勉強になるな」とか、なんかガクシャみたいな喋り方をする。トーキョー風吹かしとって気に食わんけど、まあ、悪人ではない。チョーナンさまに比べればマシな人間や。
 ウチは博之とアイコンタクトを交わした。子どもには子どもだけの言語がある。今回の場合、「後でゆっくり」とゆう意味や。
 チョーナンさまは、ちゃちゃっとお焼香を済ますと、訳知り顔で客間に入り、ためらいもなく上座に座った。博之は、チョーナンさまの隣に、ピンと背筋を伸ばして座った。ウチは、博之の向かいに座った。
 おとんはといえば、客間と続きの居間で、ひっくりかえって寝たふりしとる。でも、聞き耳立ててることはバレバレや。
 ばあちゃんがお茶を持ってやってくる。
「よう来てくれたなあ。神原のおばちゃんが会いたがってたで。お通夜は六時からやからね。あ、みっちゃんも来る言うてたわ。懐かしいやろ」
 ばあちゃんの甲高い声を全部無視して、チョーナンさまはカバンから一枚の紙を取り出した。何か写真が印刷してある。
「これを探しています」
「なんやの、これ?」
カフスボタンです。価値のあるものです」
 それは白くて丸くて、たぶん貝細工だった。ママが気に入っていた白いイヤリングに、ちょっとだけ似ている。ウチは大きくなったら、あの白いイヤリングをママから譲ってもらうつもりやった。
カフスボタンてなんやの?」
 ウチはチョーナンさまに尋ねた。
「目上の人にそういう言い方はよくない」
 チョーナンさまは、ウチをピシャリと叱った後、一応「袖口につける、飾り用のボタンだよ」と説明してくれた。
 そこで、耐えられなくなったのか、おとんがノソノソ起き上がってきた。ばあちゃんの脇から、カフスボタンとやらの写真をのぞき込み、ゲジゲジ眉をひそめる。
「なんやこれ」
 せやからカフスボタンや言うてるやろが。
「父さんが持っていたはずです。どこにあるかわかりますか」
 チョーナンさまは、おとんの発言はまるっきり無視した。まるでおとんが透明人間にでもなったみたいに。ばあちゃんは悩ましげに腕を組む。
「さあねえ。あの人ボケてもうてから長いし。特にここ数年はホンマに大変やったからねえ。徘徊もしたし……。この前なんか、どこにおんのやろ思たら、庭の池の鯉に、ゴミあげててんで。朝刊をちぎってな、こないして放って、鯉にあげててん。『食べ、食べ』言うて。笑うやろ」
 誰も笑わなかった。
「言うとくけどな、うちの池の鯉はホンマもんやねんで。売ったら高値がつくんやから。じいちゃんが大切にお世話してきたんやからね。錦鯉やで、ホンマもんの!」
 一人でダダスベリしたんが恥ずかしかったんか、ばあちゃんは早口で謎の言い訳をした。チョーナンさまは凍った魚くらい冷たい目で実の母を見やり、咳払いして、続けた。
「何某という、ドイツのデザイナーの手によるものです。知り合いに鑑定士がいましてね。ここのところ人気が急上昇していて、コレクターが高値で買い取るようなんです。状態が良ければ、二百万は下らないとか」
「は?」
 にひゃくまん?
 ウチら三人は顔を見合わせた。そんなお宝を、じいちゃんが?
「もう何十年も前になりますが、父さんに自慢されたことがあります。店の客から譲り受けたとか。あのときは真面目に取り合わなかったのですが、この写真を見るに、特徴が一致します。……母さん、知りませんでしたか」
 ばあちゃんは右のこめかみをトントン叩く。そこに記憶の貯蔵庫があるみたいに。
「うーん、そんな話聞いたことないなあ。おおかた、じいちゃんも忘れてたんとちゃうの」
「ありえるな」
 ばあちゃんとウチがそんなことを言っていると、おとんが急に立ち上がった。チョーナンさまを見下ろし、すごむことには、
「お前それ、見つけてどうするつもりやねん」
 チョーナンさまはおとんを見上げず、真ん前を向いたままツンとしている。
「関係ないでしょう」
「えらい値打ちあるんか知らんけど、親父のもんやろ。お前がどうこうするのはおかしい」
 おとんはどすの利いた声で言い募る。
「お前、親父がボケ始めても帰って来おへんで、死んだら今度はボタンの心配かいや。お前みたいなもん、家族とちゃうわ!」
 おとんが大声で怒鳴ると、チョーナンさまは、ゆらりと顔を上げた。
「やたらつっかかるな」
「ああ?」
「やけに止めるなあて言うてんのや」
 チョーナンさまが立ち上がった。関西弁、戻ってるやん。
 ばあちゃんが、慌ててウチと博之を手招きする。まずい。うちらはばあちゃんのもとに駆けよった。
 チョーナンさまは、オトンに詰め寄り、低い声で言った。
「まさか、お前、盗んで売ったんやないやろな」
「はあ?」
 予想外の台詞に、言葉を詰まらせるおとん。チョーナンさまはあざけるように笑う。
「うちで金に困ってるのはお前だけやないか。そう考えるのが自然ちゃうか?」
「盗んだりしてへん。そのボタンのことも今日初めて知ったんや」
「どうだかな」
 チョーナンさまの声は冷え冷えとしていた。ウチは、ばあちゃんの腕をぎゅっと握った。
「いい年こいて実家に寄生して、恥ずかしいと思わへんのか。まあこんな家、頼まれたかて住みたないけどな」
「お前……」
「板前なって父さんの跡継ぐて大口切って出て行って、結果どうなったか言うてみい。どこの馬の骨かもわからん女に捕まって、修行やめて、挙句、子ども残して逃げられて……」
 グサリって、見えないナイフみたいなんが、ウチの胸に刺さったとき。
イサオ!」
 鋭い声が飛んだ。ばあちゃんだった。
「やめなさい子どもの前で」
 ばあちゃんは、もうチョーナンさまにニコニコせんかった。
「じいちゃんの部屋は好きに探したらいいわ。せやけどもう喧嘩はせんといて。言うとくけどな、じいちゃん死んではんのやで」
 じいちゃん死んではんのやで。よう考えたら意味わからん脅し文句やけど、少なくともそのときは効果的やった。


 お通夜が始まると、ひっきりなしに来客があるので、ウチは正直驚いた。近所で小料理屋を構えていたじいちゃんは、実はわりと人望あったみたいや。ウチにとっては空気でも。
 親戚や知り合いが押しかけ、ゴシューショーサマです、ゴシューショーサマです、て繰り返す。ばあちゃんとチョーナンさまは、そのたび、ペコペコ頭を下げる。おとんは落ち着かんのか、何度もタバコ吸いに外に出る。中庭の池が、仏間の明かりを受けて、ぬらぬら光っていた。
 お通夜の後は、宴会になった。人が死んどる横でこんなどんちゃん騒ぎしてええんかと思うけど、久々の親族集合やし仕方ない部分はあるわな。おとんは例によって早々にベロベロになってもうて、大声で何かわめいてるけど、誰も聞いてない。てかみんな、誰の話も聞いてない。カオスや。
 だいたい、うちの血筋はお酒に弱い。さっきまであんなにピリピリギスギスしてたのに、お酒が入ったとたん、あのチョーナンさままで、真っ赤な顔して笑ってはんのやから。
 博之は、ブドウのジュースをちびちび飲みながら、言った。
「大人はいいよね。お酒を飲めば、どんなに仲が悪くても一時的に和解できる」
「そやね」
 ウチも博之と同じジュースを紙コップに注いだ。
 博之はそこで少し押し黙り、眼鏡をついと押し上げた。
「実を言うとね、父さんの事務所、少し危ないんだよ」
「え?」
「雇っていた秘書が、不正を働いたらしい。なお悪いことに、父さんは彼女と不倫をしていたんだ。いろいろと、入り用なんだよ」
「……」
 ウチは、博之の肩を抱いた。大人ってホント、どうしようもない。


 お葬式の日の翌朝早く、おとんとチョーナンさまの言い合う声で目が覚めた。眠い目をこすりつつ、居間に向かうと、開いた窓から朝の風が吹き込んできた。
 濡れ縁のところで、おとんが何か言っていた。チョーナンさまの手のひらには、小さな箱。
「せやからそんな箱知らんて言うてんねん!」
「中身だけがなくなっとんのはおかしいやろ。お前が盗ったんやないんか」
 ウチは部屋の隅でじっとしている博之に近づいた。小声で尋ねる。
「どしたの」
「例のカフスボタンのね、箱だけが見つかったんだよ。今朝がた」
「チョーナンさま、まだ諦めてへんかったんか」
「チョーナンさまじゃなく伯父さんと言うべきだよ」
「せやな。で、チョーナンさまはおとんを疑ってるとゆうわけか」
「そういうわけだね。伯父さんと言うべきだよ」
 おとんとチョーナンさまはその後もしばらく大声で言い合っていたけど、やがて双方言葉もなくなり、沈黙のまま長いこと睨み合った。その間にばあちゃんが起きてきたけど、ばあちゃんは二人のことは無視して、朝ご飯を作り始めた。
 あるとき、チョーナンさまがつぶやいた。
「……馬鹿らしい。やっぱり帰ってくるんやなかった」
 チョーナンさまは大きく振りかぶって、カフスボタンの箱を窓の外に放り投げた。箱は中庭の池に落ちて、ぽちゃんとしぶきをあげた。抗議でもするみたいに、池の鯉が飛び跳ねるのが見えた。
 チョーナンさまは、やけになったように、こぼす。
「……錦鯉なわけないだろ。嘘ばっかりつきやがって!」
イサオ
 おとんが何か声をかけようとした。でも、
「嘘ばっかりや。父さんも、母さんも、お前も。インチキや!」
 チョーナンさまの声には、涙が混じっていた。
「父さんもお前もダメ人間のくせに。たかが板前のくせに……お前なんか、板前にもなられへんかった半端もんのくせに。俺がどれだけ頑張って……なんで俺だけ、こんな目に……!」
 チョーナンさまは大声を上げ、おとんに殴りかかろうとした。
 そのとき、博之がさっと二人の間に入った。
 博之はチョーナンさまに向き直り、はっきりと言った。
「僕は暴力を嫌悪する」
 しん、と、水を打ったような静寂になった。
「用事が終わったなら帰ろう」
 やがて、博之がそう言うと、
「……そうだな」
 チョーナンさまは空気の抜けた風船みたいになって、その場にへたりこんでしまった。ウチは、ようわからんけど、その姿をすごく哀れだと思った。
「朝ごはんできたでー」
 やがて、ばあちゃんののんきな声がした。


 チョーナンさまは、ばあちゃんの作った朝ご飯を食べた後、帰って行った。博之は最後、玄関先で振り返り、ウチに言った。
「君は弁護士になるんだろう」
「そのつもりやけど」
「ではそのうち法廷で会うこともあるだろう。僕は検察官になる予定なので」
「その前に東大で会うかもな」
「かもしれないね。では」
 おとんはというと、朝ご飯も食べんと、濡れ縁に腰かけて池をじっと眺めていた。
 ウチはおとんの背中にゴンって頭をぶつけた。
 ウチは賢いけど、まだ十二やから、わからんことが色々ある。
 たとえばママのこと。ママは天使で、ちょっとした間違いか、憐みの心で、ゴリラみたいなおとんとの間に生んだ子が、ウチで、今はまあちょっと離れとるけど、ママはウチのこと愛してるから、いつかまた一緒に暮らせる。ウチはそう思っとるけど、ホントのところは、そうじゃないのかもしれん。わからんな、こればっかりは。
 そしてチョーナンさまのこと。チョーナンさまは、もしかしたら、おとんに板前になってほしかったんと違うかな。自分はじいちゃんと仲悪かったし、家出てもうて、じいちゃんの店継がれへんかったから。そんなん勝手やがなって、ウチは思てまうけど、チョーナンさまから見たら、おとんのが勝手なんかな。せやからインチキとか言わはんのかな。わからんな、これも。世界って複雑やで、ほんま。
「でもまあ、ウチはおとんの味方やしな」
 黙ったままのおとんに、ウチはそう声をかける。おお、ウチちょっとかっこいいやんけ。そう思ったとき、突然おとんが立ち上がるから、ウチはずっこけそうになってもうた。
「なんやの、急に。どしたん?」
 おとんは鼻から息を抜き、言った。
「……売りに行こ」
「何を?」
「鯉や」
 はあ? 何を言っとんのや、このおっさんは。
「錦鯉。ホンモノやって証明しよ」
 おとんは勝手に何か納得し、物置きから虫取り網を引っ張り出してきて、池の鯉と格闘し始めた。アホやで、ほんま、この人。

 

 商店街の観賞魚屋さんに、鯉を入れたバケツを持ち込むと、店主のおっちゃんは、開口一番、こう言った。
「いや、普通の鯉だね。というか、見ればわかるだろ、錦鯉じゃないってことくらい」
「いやいや、こういう色の錦鯉もおるかもわからへんやろ」
「これは錦鯉ではない。以上」
 口をパクパクさせているおとんの前で、店のおっちゃんはバケツをのぞき込み、肩をすくめた。
「ダメだよ、こんな雑な感じで運んじゃ。死んじゃってるんじゃないの、これ?」
 たしかに、鈍色の鯉はひっくり返って水に浮かび、動かんくなっていた。亡き飼い主の後を追ったんやろな。そういうことにしとこ。
「……」
 店を出て、バケツを地面に置くと、おとんは深く深くため息をついた。おお、なんたる、ミジメ。ウチ、耐えられへん。
「どうすんの、おとん」
 おとんはしばらく何か考えるふりをした。そして、
「さばいてまお」
「は?」
 おとんはタバコに火をつけ、やけっぱちの笑みを浮かべた。
「お前、知らんのか。鯉は煮ると美味いんや」

 

 鯉こくというのは、鯉の味噌煮込みのことらしい。正式な料理やで、おとんの創作でなく。
 おとんがキッチンに立つのは、出戻り以来初めてのことや。おとんはタバコをふかしつつ、手際よく鯉をさばいていった。その手つきは、ウチでもほれぼれするほどやった。
 たぶんやけど、おとんは、真面目に修行してたんやと思う。板前にだってなれたんや。
 でもならんかった。おそらくはウチのために。
 おとんは、インチキなんかやない。インチキなんかやないで。
 言わんけどな。
「ん?」
 そのとき、鯉の腹の中から、キラッて光るものが出てきた。
 それは、貝殻細工の、きれいなカフスボタンやった。


 その晩、おとんとウチとばあちゃんは、みんなして鯉こくを食べた。正直言って、臭かったし、特別美味しいとも思わんかった。よう考えたらこの鯉、朝刊やらなんやら食ってたんやもんな。ばあちゃんはじいちゃんの大切な鯉をさばかれて怒り心頭やったけど、でも結局は「まあ悪くはないな」とか言うて食べてた。ウチの長い人生の中でも一番ヤバい食卓やったな、間違いなく。
 でも、翌日はサイコーやった。チョーナンさまの妻さまから、詫びの牛肉が届いたから。
 チョーナンさまはサイテーなやつやけど、妻選びは正しかったみたいや。なにせ、それはそれは美味しいお肉やったから。しゃぶしゃぶにして、一人四枚ずつ食べた。
 博之は、母に似れば、きっといい大人になるやろう。法廷で会うのが楽しみや。

 

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「鬼ヶ島通信」70+8号 《鬼の創作道場》自由部門投稿作(落選)。

「思いのほか冷静な子どもや、ダメすぎるけれど憎めない愛すべき大人たちなど、キャラクターが際だっている」「冒頭の説明とラストの終わり方のバランスが気になる」「主人公の成長や変化がそれほど感じられない」などのご講評をいただきました。那須田淳先生の詳しい赤ペンは本誌にて。

 自分でもよくわからん話やなと思いつつ、関西弁のノリとテンポでガーッと書いてしまいました。いま改めて読んでみても、よくわからん話やな。でも書いてるとき楽しかったです。「子どもたちに共感してもらうこと」を意識して、また挑戦します!

【短編】まさかさかさま

 十歳の男の子にとって、一番の誉め言葉は、「かっこいいね」でも「かしこいね」でもない。「足が速いね」は、かなりいい線行ってるけど、一番は、これだ。「強いね」。
「つえー」は最高の賛辞だ。力が強いとか、体が大きいとかは関係ない。大事なのは、勇気を見せられるかどうか。だからときには、いろいろの悪さをするけども、十歳の男の子はみんなこうなんだから、許してほしい。と、彩人(いろと)は思う。でも、母さんはそうは思わない。
「夏休みが終わるまで、クラブはナシです」
「え~~~~~~~!!!」
 彩人は絶叫した。
「おふざけが過ぎるって、コーチからさんざん言われました。クラブは、サッカーをしに行くところであって、ケンカや、チャンバラをするところではないの」
「母さん、チャンバラって死語だよ」
「揚げ足を取らない」
 母さんは、彩人の鼻の頭を指先でつついた。まるで、そこにスイッチがあって、押すと彩人のおふざけが止まるとでも思ってるみたいに。
「とにかく、クラブは禁止。夏休みが終わるまで一週間、我慢しなさい」
「じゃあうちにいるの?」
「まさか。あんたがうちに一人でいたら、また悪さをやらかすでしょう」
 否定はできない。彩人の頭の中には、すでに七つは案が浮かんでいた。
「学童が終わったら、わかば園に来るのよ。母さんの仕事が終わるまで、ロビーで宿題でもしてなさい。どうせ終わってないんでしょ」
 彩人の顔から、さあっと血の気が引いた。
 わかば園は、母さんの職場だ。彩人と同じくらいの年の子どもが通っているけど、小学生なのは外見だけで、みんな中身は幼稚園児か、それ以下。会話にすっごく時間がかかったり、同じことを何回も言わなきゃいけなかったりする。
 彩人が最近ハマってるゲームで言うと、「のんびり」タイプの子たちだ。「こわがり」とか「くうそう」タイプもいる。
 わかば園は彩人の通う小学校の隣にあるから、体育の時間なんか、グラウンド越しによく見えるんだけど、学校のみんなは、わかば園の子のことを、内心怖がっている。わかば園の子は、何もないところを見て笑ったり、急に叫び出したりするから。
 だから、「母さんがわかば園で働いてるから、たまに行くんだよ」ってみんなに言うのは、ちょっと気持ちいい。変なことをしたやつを見て、「わかば園送りになるよ」なんて冷やかす人がいれば、彩人は勢い込んで、「そういう冗談を言うのは、よくない」と言ってやる。そうすると、とっても大人びた気分になるし、実際、みんなから尊敬の視線が注がれる。わかば園に関係する話は、何であれ「強い」のだ。そしてそれは、彩人の特権でもある。
 だけど、わかば園で毎日過ごすとなると、話は別だ。


 月曜日。
 学童が終わった後、片川たちはネットに入ったサッカーボールを蹴りけり、クラブに向かって行った。彩人はその背中を、村を焼かれた農民みたいな顔で見送る。村、焼かれたことないけど。それから、普段の半分の歩幅でちみちみ歩いてみたものの、たいして時間も稼げず、結局、十分後にはわかば園に着いてしまった。あーあ。
 重いガラス扉を押し開けると、すぐに母さんの声がした。
「ああ、彩人。ごめんね、ちょっとバタバタしてて。手洗って、ここで宿題してなさいね。わっ、またズボン汚して、もう。あとでお茶持ってくるからね。おとなしくしてるのよ」
 エプロン姿の母さんは、マッハ3のスピードで言い募り、風のように消えた。わかば園ではこれが普通だ。世話を焼かなきゃいけない相手は、彩人の他にも山のようにいる。
「はーい……」
 彩人はロビーの椅子にリュックを投げた。つるんとした緑の椅子に座り、リノリウム張りのロビーを見渡す。消毒の匂い。病院みたいだと思う。
 それから、テーブルに、漢字ドリルと筆箱を出して、なんか宿題してる風の光景を作る。
(そういえば、自由研究どーしよ)
 去年はお風呂のカビの研究だった。うっすいノートに、なんだかよくわからない黒いシミの絵が何枚か続いて、最後のページで、カビキラーで真っ白になるってやつ。彩人的には最高のギャグのつもりだったけど、先生には呆れられてしまった。もちろん観察なんかしてないのだ。お風呂にカビも生えてない。母さんには赤っ恥かかせてしまった。
(まあいいや。まだ一週間あるし)
 なんて、彩人がテキトーに考えた、そのとき。
 廊下の奥から、誰かがやって来た。
「真太郎君、どうしたの。お外で遊ぶの?」
 受付のおばさんが声をかける。
 でも、その子は答えない。代わりに、一人で何かブツブツ言いながら歩いてきて、あろうことか、彩人の隣に腰かけた。
 彩人はギョッとして、お尻半分だけ横にずれる。
 横目でこっそり見やると、ぼさぼさ頭に、ギョロッとした目をした、やせぎすの少年だった。年はちょうど彩人くらい。名札には『積木真太郎』と書かれている。
 積木は――下の名前で呼ぶのは二年生までだ。クラスメイトだって、苗字で呼び合うものだ。十歳にもなれば――しきりにキョロキョロと首を動かしながら、意味の分からないことを何度も何度もつぶやいている。
(……キモチワルイ)
 その言葉を、なんとか引っ込める。こういうことを言うと、母さんが悲しそうな顔をするので。怒られるのはいいけど、悲しい顔をされるのだけは、参る。胸がきゅーってなって、全世界に向かって謝りたくなるのだ。
 彩人は筆箱から鉛筆を取り出し、つとめて冷静に、漢字ドリルをやるふりをした。でも、積木の声は、いやでも耳に入ってくる。
「のぶそあでとそおのたしうどんくうろたんし。のぶそあでとそおのたしうどんくうろたんし……」
(何? うどん?)
 意志に反し、彩人の耳は、積木の言葉を一生懸命聞き取ろうとしていた。漢字ドリルの端っこに、聞き取れた音を並べていく。のぶそあ……のたしうど……うろたんし……。
(うろたんし……しんたろう……)
 まさか、さかさま?
「しんたろう……真太郎!」
 気づかぬうちに、声に出ていたみたいだ。びっくりしたような表情で、積木がこっちを向く。目が合う。小さな野生動物みたいな目。怯え半分、好奇心半分、の。
(ええっと……)
 彩人はごくりと唾をのみ、彼の名札を指さして、読み上げた。
「積木真太郎」
 すると、積木はぱあっと顔を明るくした。
「うろたんしきみつ。うろたんしきみつ!」
 キャッキャッと笑いながら、積木は繰り返した。その顔が、まるで赤ちゃんみたいで。彩人もつられて笑いそうになって、慌てて引っ込める。なぜだかは、わからないけど。
 彩人はなんだかまごまごしながら、つぶやいた。
「変な奴」
「つやなんへ!」
 すかさず、積木がさかさまにする。
 なるほど。つまり、これが積木のコミュニケーションってわけ。「さかさま」タイプだ。わかば園には、本当にいろんなタイプがいるなあ。
 そこに、母さんがお茶をもってやって来た。眉毛をひょいと上げ、言う。
「なつかれたね」
 彩人は何と答えてよいやらわからなかった。なつくって、動物じゃないんだから。
「ねたれかつな」
 だけど当の積木は気にするそぶりもなく、あいさつのように言葉をひっくり返している。
「真太郎君、この子は私の息子なの。名前はね」
「あ、母さん、待って!」
「彩人っていうの。い、ろ、と。よろしくね」
 ああ、まずい。最悪だ。
「と、ろ、い。とろい!」
 彩人は頭を抱えた。だから教えたくなかったのに。学校でも、周到にこの話題は避けてたのに!
 積木は嬉しそうにニコニコ笑って、繰り返した。
「とろい! とろい!」
「何回も言うんじゃねー!」

 

 火曜日。
 学童で昨日の話をしたら、片川は案の定面白がった。
「さかさまって、あれ? 手袋を逆から言うと、みたいなやつ?」
「あー、そういうこと」
「手袋を逆から言うと?」って訊いて、「ろくぶて」って答えたら、「六回ぶて」ってことだから、六回叩く。そんな遊びが、ちょっと前に流行った。引っかかるのは最初だけだから、みんなすぐに飽きたけど。
 積木の場合、とにかくなんでもかんでもさかさまに言う。たぶん内容とかは理解してなくて、条件反射でひっくり返すのだ。
「台風十三号は熱帯低気圧に変わりました」
 わかば園に着いて、開口一番、なるべく難しそうな文章を早口で言ってやったけど、
「たしまりわかにつあきいていたっねはうごんさうじゅうふいた」
 間髪入れず、そう返された。どういう耳してるんだよ、こいつ。
「わあ、すごいね、真太郎君」
 母さんが褒めるけど、積木は照れもせず、相変わらず落ち着きなく目を泳がせている。彩人はなんだかイライラした。逆から言うだけだろ。何がすごいんだ。
「母さん、何か言ってよ」
「何かって?」
「何でもいいから」
 彩人がごねると、母さんはちょっと考えてから、指を一本立てた。
「今日の晩ごはんは鶏の照り焼きです」
(す、で……)
 彩人が考え始めて間もなく、
「すできやりてのりとはんはごんばのうきょ」
 積木がさらりと答えてしまう。
「あーもう! 積木、先に答えないで!」
「でいなえたこにきさきみつ!」
「だから! 言うなって!」
「らかだ! てっなうい!」
 言い合う二人の前で、母さんは困ったような笑みを浮かべた。
「悪いけど、忙しいから私はもう行くわよ。じゃあね」
「「ねあじゃ!」」
 それから、何度か勝負してみたけど、彩人は結局、一度も勝てなかった。彩人がどれだけ長くて複雑な文を言っても、積木に必ずひっくり返される。自分の言葉が無効化されるみたいで、なんか悔しいけど、認めざるを得ない。
「お前、すごいわ」
「わいごすえまお」
(ぷっ。わいごすってなんだよ)
 みょうちきりんな音の並びに、彩人は思わず吹き出してしまう。積木もヒヒヒと笑った。
(ん? ちょっと待って)
 今、いいこと思いついた。
 彩人は顔を上げ、積木をまっすぐ見て、言った。
「しんぶんし」
 すると、積木はいつものように、逆さから言う。
「しんぶんし……」
 そこで、彼は、きょとんとした表情で首を傾げた。
 あれ? ひっくり返したつもりなのに、ひっくり返せなかった、みたいな顔。
「しんぶんし? しんぶんし?」
 混乱した様子の積木を見ながら、彩人は心の中でガッツポーズをした。
(ふははは。勝てる。勝てるぞ!)
 何の勝負だかよくわからないけれど、上から読んでも下から読んでも同じ言葉なら、ひっくり返すことはできない。そっくりそのまま繰り返すことになるだけだ。
(ひっくり返したきゃ、ひっくり返してみろ!)
「トマト」
「とまと」
「竹やぶ焼けた」
「たけやぶやけた」
 ニヤリ。これはいけるぞ。
 彩人はえらそうにふんぞり返り、言い放つ。
「私負けましたわ」
「わたしまけましたわ」
 積木は素直に答えた。
(やったぞ。負けを認めさせてやった!)
 ちょっとズルっぽいけど、気分はいい。
「わたしまけましたわ! わたしまけましたわ!」
 積木はまだブツブツ言っている。意味わかってんのか、こいつ。
 でも、これ、ちょっと面白いな。他にも何かあったような気がする。ちょうどいい。これを自由研究にしてやろう。いろんな文を集めて、ノートにまとめればいい。
 で、ついでに積木の話をしたら、きっとみんな大盛り上がりするだろう。わかば園の子と話すなんて、みんなからしたら、とんでもなく「強い」ことだ。彩人の株も上がるに違いない。

 

 水曜日。
 学童で、普段なら寄り付きもしない図書コーナーにかじりついている彩人を見て、片川たちは不審がっていた。でも、気にしてはいられない。一つでも多く、上から読んでも下から読んでも同じ文――回文を探さなければ。
 彩人は『言葉遊び大辞典』と首っ引きで、ノートに回文を書き写した。ついでに、下手な絵も添える。うん、これは、かなりいい感じだぞ……。
 そして、わかば園のロビー。
 彩人は積木と膝付き合い、とっておきの回文たちを披露した。
「ナスですな」
「なすですな」
「たぶん豚」
「たぶんぶた」
イカのダンスは済んだのかい」
「いかのだんすはすんだのかい」
 ぷっ。時おり吹き出しながら、彩人はなおも続けた。
「禿げ頭にまたアゲハ」
「はげあたまにまたあげは」
 ぎゃははははは!
 我慢できなくなって、二人はおなかを抱えて笑った。なんだかよくわからないけど、この遊び、めちゃくちゃ面白い。
「何がおかしいんだか」
 母さんは呆れてたけど、二人は結局、これを三周繰り返した。
 ケタケタ笑う積木は、どこにでもいる男の子みたいだった。

 

 木曜日。
 昨晩、ネットで調べてさらに書き足し、回文でいっぱいになったノートを持って、彩人はわかば園に向かった。
 うん、これはなかなかの自由研究になるぞ。なんなら、オリジナルの回文を考えてもいいかもしれない。なにしろ、自動逆さ読みマシーンが隣にいるんだから、難しくないはずだ。
「じいさん天才児」
「じいさんてんさいじ!」
「ぎゃははは! じいさん天才児!」
 回文ゲームは昨日にもまして盛り上がった。
 ゲームと言っても、彩人が読み上げて、積木が繰り返すだけだけど。彩人がノートに描いた下手くそな絵を指さして、積木はキャッキャと笑う。それを見て、彩人はなんだか嬉しくなる。
「積木、これはすごいよ。かっこいいから。聞いて。世界を……」
 と、そのとき。
「おーい」
 ドアの方から声がして、彩人は振り返った。
「片川!?」
 見れば、そこにいたのは、片川だった。
 彩人は、さっと立ち上がった。なんとなく、積木を隠すように、前に立つ。
「ど、どうしたんだよ。クラブは?」
「それがさー。めっちゃおもろいの、コーチがぎっくり腰だって!」
「マジかよ!」
「マジマジ。で、急遽休みになったから、みんなで学校のグラウンドでサッカーしよーってなって、こっち来た。で、そういえばお前わかば園にいるじゃんって思って、来ちゃった」
「来ちゃった、じゃねえよ。わはは」
 笑いながらも、彩人の顔はひきつる。なんだかばつが悪い。
 片川はちょっと背伸びして、彩人の向こうを見やった。そして、積木を目ざとく見つけ、
「あれ、もしかしてそいつ? 手袋君?」
「あー、えっと、うん」
 彩人は観念して、うなずく。片川は興味津々といった感じで、積木に近づいた。積木は、また野生動物モードに戻り、びびってキョロキョロしている。
「ほんとになんでも逆さまにすんの?」
 片川が尋ねる。おもちゃの使い方でも訊くような言い方に腹が立ったけど、
「……うん」
 彩人は一応うなずいた。
 すると、片川はニヤリと笑い、いきなり積木に言った。
「てぶくろ!」
 積木は反射で返す。
「ろくぶて」
 あ、まずい。彩人が何か言うより先に、
「ひっかかった。六回ぶてってことだな!」
 片川が右手を大きく振り上げた。
 その瞬間、ヒッって、息を吸う音がして。
「あああああああああああああああああ!!!」
 つんざくような大声で、積木が叫んだ。
 目を見開き、身体をがたがた震わせ、その場にうずくまる積木。
 彩人と片川は、動くことすらできなかった。
「どうしたの?」
「真太郎君? 大丈夫?」
 すぐにスタッフの人が駆け寄ってきて、真太郎を囲んだ。
「お、おれ、何もしてません!」
 片川が叫んだけど、誰も聞いてない。
 積木は頭を抱えるようにして、何かブツブツ言っている。
「な、何言ってんの?」
 まだキョドっている片川を、彩人は積木から引き離す。なぜだか体がカッカする。顔を上げられなくて、床を睨んだまま、言う。
「いいから、片川はもう帰って。みんなとサッカーしてて」
「お、おう。なんか、悪いな」
 片川が去った後も、彩人は積木の方を振り返れなかった。積木は、スタッフの人に連れられて、どこか奥に引っ込んでしまった。

 

 その晩。アパートの外の階段で、彩人は母さんと並んで座っていた。
「大人の話」をするときは、いつもここと決まっている。八月の夜の、湿った空気。母さんは彩人の肩を抱え、頭を撫でながら、言った。
わかば園には、お父さんやお母さんのいない子も、たくさんいるの」
 彩人のクラスにだって、お父さんやお母さんのいない生徒はいる。でも、わかば園の子は、ちょっと意味が違うだろうなと思う。意味ってか、重さが。
「真太郎君はね、お母さんから、つらい仕打ちを受けたみたいなの」
 母さんはそこまでしか言わなかった。でも、彩人にはわかった。
 ここ数日で、さかさま回路のできた彩人の耳は、たしかに聞き取ったのだ。
 あのとき、積木がつぶやいていた言葉。
 いなくいわか。
 いるわちもき。
 れなくない。
 よつぶ、よつぶ、よつぶ、よつぶ……。
「数年前に保護されて、今はおばあちゃんと一緒に暮らしてるんだけど。そのころからずっと、さかさま言葉しかしゃべらないんですって」
 大人の言葉と、子どもの言葉って、違う。彩人の言葉と、積木の言葉も、違う。
 それぞれの頭の中に、辞書があるとして。積木の辞書は、たぶん、普通の大人の、百分の一くらいの厚みしかないだろう。
 母親から、ひどい言葉を投げかけられて。たぶん、何度も、ぶたれて。
 言い返したいのに、言い返すための言葉が、なかったとしたら。
(ああ、だから)
 可愛くない、気持ち悪いって言われて。そんなことないって、そんなこと言うのやめてって、言いたいけど言えなくて、だから、
(だから、ひっくり返したんだ)
 積木は、戦ったんだ。積木なりのやり方で。
 彩人は、震える息を吐き出した。暑いのに、鳥肌が立っていた。
(積木。おれはお前を尊敬するよ)
 積木は、勇敢だと思う。彩人なんかよりもずっと、百倍もずっと、勇気があると思う。
 でも、でも、いつか。
 ひっくり返さなくても、受け入れられるようになるといいよな。世界を。
 そのまんま繰り返しても安心な言葉が、お前のまわりに、あふれてるといいよな。
 視界がゆるんできて、彩人は、目元をぎゅっとぬぐった。

 

 金曜日。
 夏休みは今週で終わりだから、彩人がわかば園に来るのは、今日が最後だ。
 おそるおそるガラス扉を開けると、積木はいつも通り落ち着きない様子でロビーの椅子に座ってて、安心したような、悲しいような。
(昨日のこと、忘れちゃったのかな。おれのことも、忘れる?)
 まあ、別に、いいんだけど。
 彩人は積木の隣に座った。そして、言う。
「積木、昨日のこと、ごめんな」
「なんめごとこのうのききみつ」
「片川も悪気があったわけじゃないからさ、許してほしいんだよね」
「さらかいなじゃけわたっあがぎるわもわかたか、ねよだんいしほてしるゆ」
「てか、おれのことも許して」
「……」
 積木はそこで、彩人の方を向いた。
 え、なんで黙る? なんで首を傾げる?
「いや、だから、その……悪かったなって思って。キモチワルイとか、思ったし……」
 彩人がごにょごにょ言いかけたとき。
「彩人、来てたの。もう帰るよ」
 母さんがやって来た。そういえば、金曜は1時間早く上がるんだった。
 彩人は立ち上がると、リュックを探って、積木にノートを渡した。
「あげる」
 積木は、ポカンとした顔で、こっちを見上げる。
「るげあ?」
「え? ああ、そう。自由研究のつもりだったけど」
「どけだんたっだりもつのうきゅんけうゆじ?」
「いや、いいんだって。受け取って」
「てっとけう……」
「うん。大丈夫」
「ぶうじょいだ」
 彩人がうなずくと、積木はノートを受け取り、おずおずとめくり始めた。
 その様子を見ていた母さんが、驚いた顔で、尋ねる。
「……彩人、真太郎君とお話できるようになったの?」
「え?」
 ん、あれ? 今、会話してた?
 自分でもよくわからん。まあ、いいや。
 積木が字を読めるかは知らないし、読めたとして、彩人の字を解読できるかどうかはまた別の問題だけど。積木にこれを、持っててほしいって、思ったんだ。
 自由研究なら、また何かでっちあげればいい。母さんにはまた怒られるだろうけど。
 彩人が去ろうとしても、積木は熱心にノートを読んでいた。
 ガラス扉を押し開けながら、彩人は振り返って、言う。
「君、強いよ。積木」
 積木が、顔を上げた。ガラスが反射して、彼の顔に柔らかな光を投げる。
「きみ、つよいよ、つみき」
 彩人はにやっと笑って、夏空の下に駆けだした。

 

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「鬼ヶ島通信」70+7号《鬼の創作道場》課題部門「言葉遊び」投稿作(落選)。

「主人公は背伸びがなくて好感がもてる」「作りすぎている。もっと隙のある書き方をするとよい」「短編だと難しい題材」「覚悟が必要」などのご講評をいただきました。那須田淳先生の詳しい赤ペンは本誌にて。

 デビュー以来ずっとエンタメ畑でやってきたせいか、たしかにお話やキャラクターを「作りすぎ」て、繊細な部分がガバガバになりがちだなと反省しました。主人公の年齢設定にも難があったようです。勉強して、また挑戦します!

【3/9発売】『毒舌執事とシンデレラ③』

 お嬢様教育ラブコメ『毒舌執事とシンデレラ』、おかげさまで3巻が出ます!

 シリーズものが3巻続くのは初めてなので感無量です。ありがとうございます!

 イラストは引き続き三月リヒト先生です。表紙も挿絵も素晴らしいのでご期待ください。

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【あらすじ】

12月。学期末試験を終えると2学期も終わりだ。ルミナス学園では、終業式の晩にクリスマスパーティーが開かれ、優れた衣装を披露した生徒には、学長から星が授与されるという。ファッションセンスに自信がないことに加えて、連日の試験勉強でいっぱいいっぱいの優芽は、相変わらずガミガミと口うるさい月森とケンカをしてしまい……。

aoitori.kodansha.co.jp

 3巻のテーマは『ファッション』! シンデレラをテーマに書こうと決めたときから、おしゃれの意味やルッキズムについては絶対に触れたいと思っていました。

「人間、中身が大切」と言うけれど、実際そんなに簡単じゃない。見た目はその人の一要素でしかないのに、世界は日々、我々に「(外見的に)美しくあれ(さもないとモテないぞ、人生うまくいかないぞ、いいのかお前はそれで)」と、無言の圧力をかけてきます。毎朝鏡の前でため息をつき、私もあの子みたいに可愛かったら、と落ち込む日々……しゃらくせー!!! 繰り返しますが見た目はその人の一要素でしかないのです。なのにもう! プンプン!

 とはいえ。見た目に気を遣うことに全く意味はない……というわけではない。それも事実。衛生的な身だしなみやスキンケアは、自身の健康を保つためにも大切なことです。

 なにより、おしゃれを勉強して一生懸命自分を磨くことは、たしかに自尊心を育むということを、私たちは経験的に知っています。髪を切ったとき、お気に入りの服で出かけるとき、新しい靴をおろすとき。なんだかいつもより自分を好きになれるような気がするから。

 つまり、モテるためじゃなく、自分を好きになるためのおしゃれなら、どんどんやっていいと思うのです。見た目で悩むのは普通のこと。ここは考え方を変えて、ファッションを自己表現の手段だと捉えてみたら? 何を美しいと思い、どんな自分になりたいのか。それを装いで表現する……なんだかちょっとワクワクしませんか? 3巻はそんなお話です。

 作中、洋服のシルエットや組み合わせ方など、小学生でも取り入れやすい知識を紹介しましたので、優芽と一緒に勉強して、ファッションを好きになってもらえたら嬉しいです!

 

 とはいえ! 何度も言いますがこのお話はあくまでもエンタメ! ラブコメ! です。今巻のキモは優芽と月森の大ゲンカ。その隙に竜之介が張り切ります。謎に包まれていたアイアン寮の寮長もついに登場します(挿絵つき!!!)。

 クリスマスにテストにファッションショーに、盛りだくさんの3巻は3/9発売です! 

 毎日気が滅入るニュースばかりですが、読書の間だけは、ドキドキわくわく、楽しい気持ちになってくださいね。たくさんの方に楽しんでいただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!

 

 お近くの書店で見当たらない場合は、取り寄せをお願いします。詳しい情報はこちら↓

bookclub.kodansha.co.jp

作家にできること

 新作『あやかし協定 妖怪は友だちに含まれますか?』(集英社みらい文庫)が1/28(金)発売になりました!

 感染急拡大の折、厳しい情勢ではありますが、著者として少しでもできることがあれば……と、近隣のお店だけにはなりますが、書店様にご挨拶にうかがいました。(担当様許可済み*1、写真はすべて撮影許可済み)

 ご協力いただいた書店様、本当にありがとうございました。

MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店様

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紀伊國屋書店 梅田本店様

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紀伊国屋書店 グランフロント大阪店様

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ジュンク堂書店 大阪本店様

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未来屋書店 茨木店様

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地元のよしみで大きく展開してくださいました。ありがとうございます!

 作家デビューしてもうすぐ丸6年になりますが、本を売るって本当に大変なんだなと、日々思います。どれだけ頑張って本を作っても、読者様の手に届かなければ意味がない。ご尽力いただいた編集さんやイラストレーターさんのためにも、できれば売れてほしいけれど、原稿を書き終えてしまった後は、作家にできることって悲しくなるほど少ないです。

 もちろん、だからといってただ手をこまねいているわけにはいきません。黙っていても売れるような大御所はともかく、知名度も実績もない私のような作家は、泥臭く地道に努力するしかないわけで……友人知人への宣伝はもちろん、近隣図書館様にご挨拶にうかがったり、小中学校の図書館に寄贈したりと、自分にできる範囲でコツコツ努力してきたつもりです。それでも、世の中には星の数ほど作家がいて、読み切れないほどの本がある。まず存在を知ってもらう、それだけのことが、思っている以上に難しいのです。

 だからこそ、書店員のみなさまの応援は何よりもありがたいです。「地元の作家さんは応援しますよ!」と言ってくださる方。「前にもご挨拶に来てくださいましたよね!」と名前を覚えてくださっていた方。「なかなか厳しいとは思うのですが……」と弱音をこぼす私に、「でもこれからヒットするかもしれませんし」と励ましのお声をかけてくださる方。みなさま本当にお優しく、ああやっぱり本屋さんが好きだなあ、本を置いていただけてありがたいことだなあと、心の底から思います。

 まん防だの緊急事態宣言だの取り沙汰されている中、読者のみなさまに「ぜひとも書店に足を運んでください!」とは言いにくい。でも、いつも支えてくださる書店様のことを思うと、「Amazonでいいから買ってください!」なんて軽々しく言えない。歯がゆい日々です。最近ではネット書店や宅配サービスもあるけれど、リアル書店の新刊棚の前で、あれもこれもと手を伸ばす喜びは、やはり何ものにも代え難いと思うのです。きっとみんなそうですよね。

 もちろん今は感染拡大防止が第一。作家として何ができるのか、答えは出ませんが、なんとか一緒にサヴァイブしていきたいです。

 

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*1:営業さんの同行とかもなく単身乗り込んで行く私のために、ササッと販促チラシを作って持たせてくださいました……まるで吉備団子のように……。いつも本当にありがとうございます!